長崎の被爆遺構
旧城山国民学校校舎
城山国民学校は爆心地から最も近くに位置する国民学校でした。
校舎は鉄筋コンクリート造だったため、辛うじて外形は保ったものの爆風と熱線が引き起こした火災により全壊状態でした。
現在保存されているのは階段棟の部分で、1999(平成11)年2月から児童の発案で展示室として公開されています。原爆後の高熱火災により炭化した木煉瓦や被爆当時の写真パネル等を見学できます。被爆遺構を肌で感じ、被爆の実相を学ぶことができます。
旧城山国民学校校舎
旧城山国民学校校舎(国指定史跡長崎原爆遺跡)
1923年に創立した城山尋常小学校は、当時、長崎市に合併されたばかりの城山地区の主要な施設でした。児童数は年々増加し、1937年には校舎を増築、戦時中は、白いコンクリート校舎が空襲の標的になるのを避けるため、塗装を施していました。
1945年8月9日、爆心地から最も近くに位置していた城山国民学校は、爆心地から西に約500mという至近距離で被爆。原爆が放った衝撃波や爆風で、破壊され、2・3階は全焼しました。
被爆当時、在籍していた児童約1,500人のうち約1,400人が、校区内の家庭などで亡くなったとみられています。また、学校にいた教職員のうち28人、三菱兵器製作所員や動員学徒等約120人のうち100人余りが亡くなりました。
被爆後、児童がほとんどなくなってしまった城山国民学校は、一時、廃校も検討されていましたが、地域の人々の熱意で存続が決まり、被爆校舎を修理しながら、学校が再開しました。
しかし、1980年代ごろになると校舎の老朽化が深刻になったため、新校舎の建て替えられることになりました。その時、地域の方々や保護者の働きかけで保存されたのが、現存している被爆校舎(階段棟)です。
原爆後の高熱火災により炭化した木煉瓦や被爆当時の写真パネル等を見学できます。
〇城山小学校平和祈念館
【見学日時】
毎日9:30~16:30
(8/7~8/10は、8:30~17:30)
※12/29~1/3は、見学できません。
※上記以外、点検等により休館する場合があります。
【料金】
無料
MAP
- 爆心地から:500m